気ままに暮らしています
by miyakeoriibu
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都羅の小径ウォーキング
私の住む町・連島町は、倉敷市街地から車で10分ほど南西に走ったところで、高梁川河口東岸から東へ連なる大平山の南側、その裾野から水島灘へ向かって広がっています。
連島は昔は 「都羅之郷」と呼ばれる海に浮かぶ島でした。「連島」と言う文字が使われたのは、永享7年(1535年)ごろからで、それ以前は「都羅島」と書かれていたようです。
大平山の山腹には、多くの史跡が点在する「都羅の小径」があり、今年は地区社会福祉協議会主催の
「都羅の小径ウォ-キング」が開催され、地域の人達約60人が参加しました。
集合は旧小学校跡地で片道約6km。先ず、役員の方の挨拶、注意事項の説明があり、その後準備運動をして出発しました。郷土史家の三宅昭三さんがご一緒してくださり、各見学場所で詳しい説明をしてくださいました。

1.薄田泣菫生家
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明治詩壇で活躍した詩人、随筆家の生家。中学校の国語の教科書に詩が載っていました。

2.キリシタン燈籠
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竿の部分が十字になっているためそう呼ばれますが、

キリシタンがいたわけではないようです。

江戸時代後期。

3.梅雲寺
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源平水島合戦に敗れた木曽源氏の武将の妻が、亡き夫の霊を弔うため、尼となり草庵を建てたと伝えられています。
山門の横に 「手放せば夕風やどる早苗かな」 と刻んだ芭蕉の句碑があります。

 梅雲寺古墳  市指定史跡 
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古墳時代後期の古墳。
南向きに開口した竪穴式石室。
棺を納めている玄室の規模は
長さ6.23m 幅1.35m 高さ1.7m
崩壊しないように、現在は石室内に
山土を充填しています。

4.力士の墓
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江戸時代末期の郷土出身
岩戸藤東七の墓。
関脇まですすみ大関になる寸前に引退。
当時は横綱はなく大関が最高位だったようです。

5.地蔵禅院
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我が家の菩提寺。
この度、山門と鐘楼の解体修理が行われ、11月12日には落慶法要が予定されています。
 地蔵禅院経堂・輪蔵  市指定文化財
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経堂内部の輪蔵は中心軸に沿って回転させることが出来る八面に貼り合わせた書架に一切経を収納したもの。輪蔵を1回転させると一切経全巻を誦したと同じ功徳があるとされています。 
6.五帝大明神  地域の氏神様
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7.八幡神社    連島の総氏神様
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8.宝島寺
貞観元年(859年)に理源大師により開かれ、古くには広大な寺域を持っていたと言われています。
 仁王門   市指定重要文化財 室町時代に創建。
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 正門   
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成羽藩のお殿様が参るときにだけ門が開けられたようですが、今日は特別に開けて通らせていただきました。
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 寂厳和上顕彰碑  
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寂厳和上は元禄時代の宝島寺の住職で、書は生前より高く評価され、慈雲・良寛とともに江戸期の僧門三筆と称されています。
毎年、寂厳遺墨展が行われいて、今年は10月29.30日に予定されています。

都羅の小径はまだまだ続きますが、今日はここまでで解散となりました。続きは次回に行くとのことでした。
晴天に恵まれたのと三宅昭三さんの分かりやすい説明で地域のことがよく分かり、とても楽しいウォーキングでした。
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by miyakeoriibu | 2011-10-08 21:34 | 地域のこと
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